平成22年度4月のおしらせ

 新年度がはじまります。ご入園、ご進級おめでとうございます。

年を若くさば読む大人にくらべて、園児たちは、年を多めにさば読みます。きっと大きくなりたいのです。幼稚園は大きくなるための いろいろなことを身につける場所です。
幼稚園の教育要領には、健康、人間関係、環境、言葉、表現、と挙げられています。文章で五つならべてみると「ふんふん、なるほど」と、流してしまいそうですが、現代の私達の生活空間のなかで ひとつひとつ、きちんと身につけるのは、なかなか容易なことではありません。言葉で伝えて「わかったね」と言っても身につく事柄ではありませんし、そもそも 言葉で伝えることができるかどうかあやしいものです。
脳学者の養老孟司さんは、子どもは自然だから、大人の都合よく考えたようにはならないから、根気よく手をいれて、育てていかなければいけないと述べています。
幼稚園という場所にぴったりな言葉と思います。

平成22年度のはくい幼稚園がはじまります、よろしくお願いいたします。

平成22年度 5月のおしらせ

「子どもの本離れ」は大人の側の問題です。
子どもは、基本的に大人が面白がってるものに興味を持つんですね。ですから、大人が夢中になって本を読んでいれば、「本って、そんなに楽しいものなのかな。」ということになる。

 先だってお亡くなりになった作家の井上ひさしさんが「本の運命」という本で述べられていることです。
このごろ、子どもの本離れの話題が新聞や、テレビにあがります。本を読まないから思考力が落ちるのだと本離れに警笛を鳴らすかたもいます。子どもたちに読書を働きかける運動もあります。
子どもたちはなぜ本を読まなくなったのか、という問いに対して、テレビやゲームが子どもたちから読書の時間を奪っているという見方もあります。たしかに、現在の子どもたちをとりまくメディアは多種にわたります。しかし、たいせつなことは、どのようにして、子どもたちに読書の習慣をもってもらうかです。

 子どもたちは、世の中の何に価値があるのか、自分のまわりを見て、手さぐりして学んでゆきます。何が楽しくて、何がつまらないか、そう、楽しささえも人間は学習して身に付けます。ですから、子どもたちが読書するすがたを願うならば、わたしたちが大人が読書のある生活について考えるべきなのでしょう。

平成22年度 6月のおしらせ

はくい幼稚園で 絵を描いて 学ぶこと。

それは、上手な絵を描くための授業ではありません。
絵を描いて、ものを創造することの楽しさを学びます、身体の発達を促します。
私たちはレデイ・メイド(Ready-made)、いわゆる既製品に囲まれて暮らしています。夏服も、冬の暖かいセーターも、快適なシューズも、遊び道具も、休日の楽しみ方までレディ・メイドです。だから大抵のものはお金を払えば手に入れることができます。人間はそうやって役割分担して、合理化した快適な現代生活を社会を築いています。
だけれども、ものを創造することをやめてわたしたちの社会は成り立ちません。創造しなければ、今の社会にまでだってたどり着かなかったでしょう。
必要なものを作る、生活を変えるようなものを創造する、これまでの人の歴史において それは魅力的なものだったはずです。今話題を集めるiPadだって、お金儲けのためだけに仕方なしに創られたものではありません。1972年にある科学者が夢見た、人間の思考力を高めるためのコンピューターの姿を追いかけたものなのです。
先生が用意した環境でものづくりに励む、繰り返し手を動かして、指先を使って発達を促し、自ら作ることの興味深さに触れる。他にも大事なことがあるのですが、6月はここまでにしておきますね。

平成22年度7月のおしらせ

6月の続きです、お絵描きや工作の授業を通してなにを学ぶのでしょうか。

ものごとを柔軟な視点で捉える訓練です。言い方がかたいですね、それでは、ものごとを柔軟な視点で捉えないってどういうことでしょうか。それは、硬直した視点でしか世界を見れないってことです。これはこれ、あれはあれ、役に立つもの、不要なもの、きれいなもの、きたないもの、いいこと、わるいこと、自分を取り囲むあらゆる物事を決めつけて見てしまう、自分のあたまの先入観に支配されてしか世界をみれなくなることです。大人はたいていそうです。人は世界に慣れてゆくにしたがって、自分の頭の中にある先入観でしかみなくなります。脳がそうなっているそうです。
ところで、歴史上、名将と呼ばれた人物は、他の人よりは柔軟な思考法をする人たちであったと、ある歴史小説家が書いております。常に疑問をいだき、その疑問を他者が考えもしなかった方法で解決する、そのためには思考や発想の柔軟性が不可欠であり、それが勝敗を分ける鍵であったと。
あさはかに勝ち負けばかり強調する今日この頃、「勝ち」という言葉を使うのには抵抗を感じますが、生き残ることは重要です。そして、名将軍たちは生き残ってきました。
園児たちの描く絵は「へんてこ」なほうがよいです。園児たちの作る工作も「ぶっとんでいる」ほうがよいです。そこに、柔軟に捉えられた世界の可能性があるからです。

平成22年度 夏期保育のおしらせ

どろんこ遊びと水遊び、どんなに暑くても、ムシムシしても、不快感を感じなくなる時間です。
ざらざら、べっとり、ねちょねちょ、ヌルヌル、ぐちゃぐちゃ、ドロドロ、びちゃびちゃ、こんな言葉をどうやって覚えますか。皮膚で感じる、この快適とは言い難い感触にだって、たくさんの語彙があり、それは感じる心の豊かさ、細やかさにつながります。もちろん、体験がなければ、そんな豊かな感覚も、言葉も身につきません。
大人は多少の不快も遠ざけたがるもの、夏にはエアコン、冬は暖房器具を用いて、年中快適な環境に身を置こうとしますが、そんな変化のない環境の中では、豊かな心も、強い身体も育ちません。蒸し暑くて不快な環境で、どろどろべたべたした気持ち悪い感触のなかで、こどもたちはどうしてあんなに楽しそうなのでしょうか。不快を不快と感じない、遊びに熱中して高揚感に身を置く、だからどろんこ遊びと水遊びは特別なのです。

平成22年度 9月のおしらせ

「人の気持ちを思いやれる人間になる」たいせつなことです。
この、人に共感する脳の働きは、大脳辺縁系という部分に含まれることがわかっています。大脳辺縁系は、創造やコミュニケーションにおいて大切な、直感や判断力といった能力とも非常に関連が深く、答えの決まった問題を繰り返し解くだけでは鍛えることができない部分でもあります。では、どうやって鍛えるのでしょうか?
答えのない事柄に向きあう、創造する、コミュニケーションする、発想力を伸ばす、これらによってしか脳の感情システムは鍛えることができないといわれています。
答えのない学び、こどもたちは毎日友達と遊び、ケンカし、絵を描いて(芸術は答えのない世界です=注)とってもたいせつなものを育んでいるのです。

平成22年度 10月のおしらせ

ことばはたいせつ。
世界のグローバル化、インターネットの普及に伴い、世間では英語能力を重要視するようになりました。たしかにインターネットで日本語のホームページだけを読み、日本語で語られる動画をみるのは、インターネットが持つ面白さをほとんど活用できないのではないでしょうか。たとえ上手でなくとも(私もえらそうなこと言えないですが)、英語を読んだり聞いたりして得られる情報は開かれた知性を育てるためにとても重要です。
しかし、英語以上に大切なのは日本語です。だって、私たちの頭の中は日本語でできているのですから。人間は言葉によって思考し、言葉で世界を捉えています。現代哲学でいうところの世界とは、各人によって言葉で捉えられた世界なのです。
だって、「言葉を使わないで考えなさい」なんて言われたら、困ってしまうでしょ。
心が豊かであることは、言葉が豊かであると言えます。言葉を豊かにするためには微妙なニュアンスの違いを持った豊かな語彙が必要です。ただ、言葉を習うのではなく、身体や感覚をつかった体験を通して言葉を身に付けてゆくことが、幼少期の心を育てる教育にはとても大切です。
あっ!もちろん読書、読み聞かせも大切ですよ。

平成22年度 11月のおしらせ

芸術の秋だから、

髪の毛は黒いクレヨンで、顔は肌色のクレヨンで塗りなさい、と指導する大人がいたら、それは、ブーーー!絵の指導ではありません。一般的な「思い込み」を押し付けているのです。
頭の髪をよくみると、黒のほかに、茶色、灰色、白、環境によっては、赤、青、黄、たくさんの色が見えます。よく見て描くということは、そんな色をじっくり見つけながら描くことです。
これを描写する絵画、と言います。それからもう一つ、表現する絵画というのもあります。こちらはもっと自由で、髪を何色に塗ってもよいし、鼻の下に目が付いていてもかまいません。ただ一つだけ決まりがあって、それは、「あたりまえのことはしない」です。現代アートにはへんてこりんな作品がたくさんありますが、これは、「あたりまえのことはしない」という決まりを厳密に守っているのです。
そもそも芸術は何のためにあるのでしょうか、それは、これまでなかった、新しいきれいなもの、ドキドキするもの、びっくりするものを見つけることです。そして人間が変化することです。そうやって、発想と思考と努力と根気を積み重ねて芸術家達は芸術史を連ねる作品をたくさん残してきました。
こどもたちに「世の中」のことを教えてあげるのは大人の大切な役割です。そして、同時に、きまりきった「思い込み」にとらわれない柔軟な想像力、思考力、発想力を育てることも大事です。そのために幼稚園では表現の授業を大切にしています。
石川県には金沢市に21世紀美術館という素晴らしい美術館があります。ちょうど海外のへんてこりんな作家さんの展覧会がきていますから、(こわいものみたさに)のぞいてみるのもオススメです。

平成22年度 12月のおしらせ

 さむい季節にはいりました。全国的にノロウィルスが流行しているそうです、インフルエンザも始まりました。この文章を書いているいま、はくい幼稚園では、特定の病気の流行もなく、ひたすら無事にお遊戯会をやり遂げることばかり念じております。園児たち、ご来園の方々には、玄関でのプシュプシュもご協力いただきありがとうございます。
ところで、病気が流行しないように配慮しつつも、気になるのは園児たちの免疫のことです。幼稚園時代はどんどん病気にかかって身体の免疫系を鍛えてゆく大切な時であります。だから病気にかからないからと言って安心ばかりしてはいられません。世の中はずいぶん清潔になったと思います。病気の原因となる細菌やウィルスとの接触がなければ、風邪をひかないのは道理ですが、身体の免疫能力もつきません。だから先のことが心配になります。およそ80年ほど前にペニシリンを発見して以来、人間は病気の治療にいろんな抗生物質を用いてきました。あまりによく効くのでたくさんお世話になったら、菌も鍛えられて耐性菌が登場しました。今後耐性菌が増えて世界の医療は100年前の状況にもどると警告する大学の先生もいます。
風邪をひいたときには、こどもの免疫の修行だと思って、受けとめることも必要ですね。

平成22年度 1月のおしらせ

共有する、そして分かち合うこと。

 子どもたちはいつも「ねえ!みてー!みてぇー!」って、言ってますね、でも、子どもだけではありません、大人だって、「ねぇ、きいてよぉ」とか言ってます。人間は物事を人と共有すると喜びがぐっと増すのです。

 「自分のためだから」とはよく耳にする言葉ですが、ほんとうは自分のためだからといって元気がでるわけではありません。本当に元気を引き出すのなら「みんなのために」って状況をつくるべきです。人間は利己的な生き物だとも言われますが、自分のためだけでは力を発揮できない不思議な生き物でもあるのです。
ひとのためになにかする、そして喜んでもらうことを幸せに感じる、これは集団で支え合わなければ生きてゆけない生き物「人間」の知恵かもしれません。
なにを喜びとして生きてゆくのか、その基礎が築かれる幼児期だからこそ、自己利益を超越した喜びを育ててゆきたいものです。

平成22年度 2月のおしらせ

こどもたちは、むしと会話したり、道端で見つけたなんでもないもので遊んだり、たいして意味も利益もないことに夢中になったりします。私たちおとなは、そんなこどもたちをみて、「そんなことしてないで、はやいこと帰ろうよ」とか、「虫がそんなこと思ってるわけがないじゃない」などと言って、せかしたり、あきれたりします。
おとなは、自分はこどもたちよりも「世界」のことをよく知っていて、より有益で無駄のない生活をおくっていると考えていますが、こどもとおとな、どちらがステキな世界に生きているのでしょうか。
自分に得になるとわかっていることしかしない、お金になることしかしない、そうでないとおかしいでしょ、こう考えるのは現代人の病気です。仏教では、「世界」は人それぞれの心の中にあるといいます。現代哲学であれば、「世界」はそれぞれの言葉や概念によって構築されているといいます。脳科学者ならば「世界」はそれぞれの脳のなかにあるというでしょう。「世界」はその人のなかに形作られるのです。ここで実利だけを重視して合理的に生きている人がいれば、それは、実利というものさしだけで「世界」の価値が計られた、貧しい世界に住んでいることになります。そんな世界には住みたくないですね。たとえ勝手な勘違いであっても、自然や生き物と交感して世界を感じ、何気ないものにおもしろさを発見する生き方は、豊かで瑞々しい体験を生活にもたらします。そんな豊かな心の活動があって初めて、人は生きるよろこびを発見するのです。
こどもたちが生きているのは、そんな、「生きるちから」の源になるような場所なのです。

平成22年度 3月のおしらせ

 かわいい園児たちも 年長さんのおわり頃になると、だいぶと扱いにくくなってきます。なんというか、いたずらをしたり、言うことを聞かなかったり、素直でなかったり、「ああ、年少さんの頃は、素直でやさしくて可愛くて、よかったなぁ」と思うことしきりです。しかし、これは大人の勝手な都合で、こどもたちは、知恵をつけて、経験を積んで、複雑になってゆく、それが成長というものです。大人はそんな彼らの成長をむしろ喜ぶべきなのでしょうが、実際はとまどってばかりです。
生まれたときには大人の完全な保護下、影響下におかれてきたこどもたちも、年を重ねて、個別の人間として変化し、自分の考えを持ち、好みも生まれ、成長してゆきます。大人にとっては、そんな彼らの成長にあわせて少しずつ、徐々にリリース(放して)いく時期に入っていくのでしょう。こどもたちが変化するなら、大人も変化です。子育ては、親も生まれなおすことだと言った人がおりますが、まさにそのとおりです。
幼稚園の3年間は大人たちにとってはあっという間です。こどもたちにとっては、おそらく十分に長く、そして大きく変化する時間なのでしょう。
その幼稚園を修了したから小学校にゆく、そんな彼らを「達者でな」と言って送り出したい季節が近づいております。