平成23年度 4月おしらせ

どうして学校にゆくのか

幼稚園は学校です。そして、こどもにとって最初の学校です。生まれて、ホギャーと毎日泣き、ウー、ウー、パパ、ママと話したのもついこの間、あかちゃんはこどもになり、学校というところへやってきます。そもそもどうしてこどもは学校に通うのでしょうか。学校は、子供たちが、大人になるために必要なことを、教えるところです。文字を読むこと書くこと、数を数えること、いやいや、もっと根本的に大事なこと、自分を取り囲む世界に興味を持つこと、熱中すること、学ぶこと、考えること、人間として生きてゆくために必要不可欠な能力を身につけるために学校に通います。幼稚園には算数はありません、国語も、社会も、理科もありません。だけれども、園庭での遊びのなかで数を数えることを覚え、折り紙や積み木を使った遊びのなかで幾何学の基礎を身につけ、お外に出かけた体験のなかで言葉を覚え、お絵描きや工作の遊びを通して工夫すること、手先の使い方を上達させる、それが幼稚園の教育です。
ひょっとすると、ずっとこどもでいるのもステキかもしれないけれど、やっぱりこどもはいつか大人にならなければいけません。それも、人生を楽しむことができる魅力的な大人に。だから、幼稚園という最初の学校から、先生といっしょに、ともだちもいっしょに、ゆっくり、すこしずつ、学び、考えるれんしゅうを始めるのです。

平成23年度 5月おしらせ

そとにでよう。

ことしはすこしばかり遅い春でしたが、園児たちが園庭ですごす時間は日々増えてきました。よいことです。
こどもたちは、なるだけ外に出てすごさなければいけません。それは、彼らが心や身体の大きな発達の時期にいるからです。
そとですごすのは、陽光にあたり、風にふかれ、植物や土の匂いにふれ、砂のざらざらとした感触を味わうためです。幼児期の体験(刺激と言ってもよいですが)は大切です。ひどい実験ですが、生まれてからずっと目隠しをされて育った猫の脳には、視覚を担当する部分が育たなかったそうです。つまり、身体としては正常で、目もちゃんとあるのに、盲目の猫になってしまったのです。
人間の脳は、幼児期につくられます。このときに刺激のなかった所は、脳で発達しないのです。心だってそうです、暑い、寒い、不快だ、快適だ、さわやかだ、様々な体験をとおしてしか豊かな感受性は育ちません。
だから、幼児期に刺激の少ない室内にこもっていてはいけません。腕白な子も、大人しい子も、それぞれ、それなりに外ですごして、様々な刺激にさらされる必要があるのです。これから数十年生きてゆく基礎をこどもたちは今つくってるのですから。

平成23年度 6月おしらせ

おもしろい研究。

IQと「やる気」についてPNAS - Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America - (長いですね)に面白い研究結果が掲載されました。人生の成果にたいして「やる気」の与える影響はIQの値よりも大きいということです(http://bit.ly/lKVDdy)。それから、昨年は 報酬を目的とすると「やらされている感」が生じて「やる気」を損なう、活動のパフォーマンスも落ちると言う玉川大、ミュンヘン大の発表もありました。IQテスト自体が「やる気」を測っているという説もあります。哲学者で教育関連の著書もある内田樹さんは「よい大学へ入るための勉強が原因でこどもは勉強しなくなった」といった内容のことを述べておられます。もう何が何やら混乱してきますが、世の中で「正しい」とされてきた考え方をひっくり返すような事であるのは確かです。
はくい幼稚園では現代アートのアプローチ、思考法を幼児教育に取り入れています。そして、現代アートの教育では、何よりも本人の興味を伸ばし、「やる気」を大切にし、想像する力を育み、常に柔軟であることを心がけます。ちょうど6月は、作品展のために それぞれのクラスで様々なアプローチの制作活動が行われている最中です。バザーアンド作品展の日を楽しみにお待ち下さい。

平成23年度 7月おしらせ

死を考える。

 曹洞宗のお坊さんの本を読んでいたら、幼稚園児の頃から自分の死について関心があり、それが仏道に入る遠因になったとありました。在家出身(お寺生まれでないということ)の方なので、望んでお坊さんになられたのです。ふだん子どもたちと接していて、そんなふうに彼らをみた事はありませんでしたから驚きました(私自身はどうだったのでしょう、よく覚えていません)。先生に聞いたら、こどもは4歳くらいから死という考えを理解するそうです。「死を意識するなんて暗いことだから、未来ある子どもたちには考えないでほしい」って大人の私の頭にはパッと浮かびます。だけど死は果たして考えないほうがよいことなのでしょうか。
仏教では生も死も、特別に良いことだ、悪いことだ、といいません。それは常にワンセットのもので、生があるから死がある。逆に言うと死があるからこそ生があると考えるのです。そして、生きることを選び続けることが大事なんだと教えます。
こどもから若者まで、生きようとする力が失われていると言われるこの頃、楽しく生きることばかり宣伝される世の中ですが、ひらき直って死としっかり向き合ってみることが必要な時代になったのではないでしょうか。
そういえばお盆だって死者をお迎えする行事ですね。亡くなった人を思うことは人であることの大きな特徴なのだそうです(死者を弔ったところから人とサルが分かれたという説もあります)。むむむ、園でもなにかトライしたいぞ。

平成23年度 夏季保育おしらせ

一年間で一番激しい時期

夏になります、幼稚園は夏期保育になります。夏、子どもたちはなにをするのか、どのようにすごすべきなのか、それは、とにかく休む!遊ぶ!何かのためになることをしない!これにつきます。だから幼稚園でも何もしません、できるだけしないようにします。理想的な夏は、水遊びを精一杯にやって(じつは先生にはこれが一番たいへんです)、おいしい給食を食べ、あとはひたすらお昼寝するのです。字を覚えたり、絵を描き貯めたり、何か運動ができるようになったりとか、成果のあることなんてなるべくしません。そのかわり、遊んで、昼寝して、暑い夏という季節を体感するのです。「練習したらこんなことができるようになった」「幼稚園なのに小学生のことができる」なんて世間では目先の成果に目を向けがちですが、せいいっぱいに遊んで休んだ夏休みの経験が人生にもたらす影響は、計る事ができないけれどとても大きいのです。それこそ「生きる力」を育てるのです。
もちろん練習して成果を得る経験も得難いものです、だからさくらさん、暑いけどドリル演奏がんばってね。

平成23年度 9月おしらせ

勝つ事にこだわると上達しない。

武道の上級者の方が話されているのを読みました。武道ですからもちろん試合があるのですが、勝ち負けにこだわりすぎる人は技が上達しないそうです。なぜでしょうか、試合に勝つためには自らの技の他にいろいろ方法があります。それは、「ぎょぇ~~っ!!!」っと奇声をあげて相手を威嚇したり、心理的に自分を有利な状態に導いて勝つ方法です。おっしゃるには、この技の上達以外の勝ち方が上達を邪魔することになるそうです。とても興味深い話です、勝ち負けばかりに凝り固まってしまったら駄目なんですね。すると、武道が目的とするのは勝ち負けではなくて、自身の技能の上達であるのかと理解したくなりますが、そうではないようです。抜粋すると~、、、

武道が涵養しよう(※園長注釈 かんよう= 水が自然に染み込むように、 無理をしないでゆっくりと養い育てること。)とするのは個別的な身体技法ではなく、どのような状況であっても適切なふるまいを選択して「生き延びる」能力の方であると私は理解している。

とのことです。話がややこしくなってきました。「武道は技である」と書いてあると話はシンプルだったのですけど。今月はここまでにしたいと思います。すみません!逃げました。
涵養っていい言葉ですね、幼稚園にピッタリと思います。

平成23年度 10月おしらせ

じんせいのたいへんなこと

 幼稚園ではまいにち怒ったり、泣いたり、いろいろとトラブルが絶えません。ともだちと仲良くするよりも、ケンカすることのほうがひょっとすると多いかも!?そんなアクシデント続きの幼稚園ですか、それでいいのです。
こどもたちは幼稚園という場所で、友人と、先生と、人間関係を築いてゆきます。人間関係という物はたいへんなもので、一度築いてしまえばそのままというわけにいきません。流動的で、毎日変化し、継続した努力と忍耐なしには維持できないものです。そんな一生背負い込んでゆく関係を、こどもたちは幼稚園という場所で始めます。ある禅宗のお坊さんは、幼少期に大切にされたという実感が この人間関係を築く上での基礎エネルギーになるのだとおっしゃっています。大切というのは甘やかす、好き勝手にさせるということではありません。慈悲を持って育てることだと言います。慈悲とは存在を大切にすることです。こどもが存在するということにたいして敬意を持って接することだそうです。
おとなたちがあたりまえのことに思って、日々苦労とかんがえなくなった事がらに こどもたちはひとつづつ出会い、彼らなりに苦労して、社会の一員となってゆきます。字を覚える、運動ができるようになることだけが幼児教育ではありません、じっと日々観察しなければわからないようなこどもたちの変化を、成長につなげるように見守り、関与していくのが幼稚園の先生の役割です。

平成23年度 11月おしらせ

幼稚園児はお手伝いが好き

 幼稚園の先生は園児達によくお願いごとをします。ののさま袋を教室に持って行ってね、ここ片付けるのを手伝ってね、等々。年長さんにもなればもうお手伝いのプロです。さらに、園児達はよろこんでお手伝いします、たいていは楽しみながらお手伝いします。家庭でもお手伝いをしたがることはありませんか、彼らは人のためになることを行う喜びを直感的に知っているのです。
人間にとって自分の存在を周囲に認めてもらうこと、これは食べること、眠ること同様に必要なことです。こどもたちは家族に世話をされて育ってきました、愛情を注がれて、お世話されて育つことはこどもたちの心の安定のために大切です。それからつぎに、こどもたちは能動的に自分を認めてもらおうとします、認めてもらうことによって家族の中の自分のポジションを確保するのです。こどもだからと言ってお世話のされっぱなしだけでは不安になるのです。
大人にとっても自分を認めてもらう、承認欲求は大きなものです。仕事に精を出して「ありがとうございました」と承認してもらえるからこそ、その仕事を続けてゆくことができる。仕事は報酬と条件が全てであるというのはウソです。いくらがんばっても認めてもらえない、反応のない職場では人間は能力を発揮することはできません。自分が社会に関わっている、必要とされていると感じることができるからこそ人間は生きて行く意味を獲得するのです。
だから、お手伝いは大人が助かるという話ではないのです、こどもの人間形成にかかわるのです。幼児期にやるべきことなのです。 

平成23年度 12月おしらせ

園庭で学ぶこと

 朝、始業前に園児たちは園庭で遊びます。気候のよいときならば、始業後も園庭に出て陽光を浴び、風にあたり、みんなでワイワイすごします。ひょっとすると園児たちが園庭で遊ぶのは、ただの時間つぶしに見えるかもしれません。いいえ、違います、こどもたちにとっては大事な学びの時間なのです。
始業前に園庭で遊ぶのときは、クラスは関係ありません。年少さんから年長さんまでみんな入り交じって遊びます。年長さんは、ここで先生にちっちゃな年少さんに配慮することを教わります。自分よりも弱いものにたいして配慮する心は、社会を形作っていくうえでとても大切なことです。年少さんは年長さんの遊ぶ姿をみて、身体の使い方、危ないこと、面白いことをあらかじめ学習してゆくのです。
先生がつきっきりで、あれこれ親切細やかに教えると、大人の「お稽古」では喜ばれます。しかし、先生がつきっきりで学んでいる状態では本当の学びは起動していません。自分がどのように振舞ったらよいかわからないところ、そこで周囲の様子を懸命に観察しながら見よう見まねで動き始める、これが本当の意味での学びであると高名なヨーガの先生がおっしゃっています。とにかく身に付くんだそうです。最年少さんから年長さんまで、みんな入りまじって遊ぶ朝の園庭は、重要な幼児教育の時間です。だから朝はなるべく早くきて園庭で遊びましょうね。

平成23年度 1月おしらせ

「学び」について

学校教育の崩壊が指摘されてもう何年たったでしょうか、ちまたでは、ゆとり教育が学校教育を崩壊させたように言いますが、そんなことはありません。こどもたちの学力は、この36年間ずーっと下がり続けているのです。(刈谷剛彦という方が詳しくデータを出して本に書いておられます)。
大人は、より快適な生活を自分と家族にもたらすためにがんばって仕事する、こどもたちも、将来社会的に、より有利なポジション(お給料がよいとか、福利厚生がよいとか)を獲得するために我慢して勉強する。そんな事が社会でおおっぴらに言われてきたわけではありませんが、多くの人がそのように考えて、労働と勉学についてとらえてきたのではないでしょうか。この形が上手く機能してきたのは、日本が戦争後復興して、日本人の生活が良くなり続けた時代においてだと考えます。1970年代半ばに日本人の90パーセントが「自分は中流である」という意識を持つに至ったそうですが、それは、学力テストの平均点がピークを示した1975年にピッタリと重なります。それ以降、学力テストの平均点はなだらかに下がりながら現在に至ります。
「学び」とは本来楽しいことです。現在の日本では「学び」はそのように受け止められていないかもしれませんが、経済的、制度的に発展途上といわれている国のこどもたちが、目をキラキラさせて先生の書く黒板に集中している姿をテレビ等で観たことのある方は多いと思います。
わかったときの爽快感、知ったときの満足感は、「学び」にこどもたちを駆り立てる一番の報酬となります。それが、「学び」とは、受験を勝ち抜く事で社会的に有利なポジションを獲得するためだ、という目的に報酬がすり替えられてしまった ※1。そして、高い点数を取るという目的だけがあまりに重要視されて、学ぶこと自体が手段化されてしまったのではないでしょうか。内容を理解すること、興味を持つことよりも、効率よく高得点を取るためのテクニックが注目されると、本来魅力的であったはずの「内容」が色あせてしまいます。そうして「子どもたちは学ばなくなったのだ」と、哲学者の内田樹さんが「下流志向―学ばない子どもたち、働かない若者たち」という本で述べています ※2。
そんな状況の中で「学び」のために幼児期にやるべきことは大切です。それは、早期教育として、他のこどもたちよりも先に漢字や九九を知っておくことではありません。「興味を持つこと」「学ぶこと」「集中すること」を身につけて小学校に進むことが、幼児期にやるべきことなのです。
学校の勉強をしないだけならばまだ良いかもしれませんが(暴言ですか)、何事においても「学ばない」「熱意がない」となってしまうことだけは何がなんでも避けなければなりません。だって、なんであれ「学び」、熱意をもってやることが「生きる」ということなのですから。

※1 試験をする事自体は別に悪いことではありません、競争することで勉学について熱意を引き出すことができますし、達成感を覚えることもできます。それに競争は、教師がこどもたちのやる気を引き出すために使う常套手段であります。
※2 園の「大人文庫」にありますから、興味をお持ちになった方はまた読んでくださいね。

平成23年度 2月おしらせ

「母語」とは。

 井上ひさしさんの「日本語教室」という新書があります。そのはじめに母語(日本語になりますね)についてとても興味深い事が書いてありました。
母語は母国語と厳密には違います。母語はこどもが生まれて言葉を獲得し始める、そして脳も一番発達する三歳頃までの間に、お母さんや、愛情を持って世話してくれる人から聞いた言葉、それが母語です。母語は話すための道具ではありません、母語は心そのもの(井上ひさしさんは精神と書いておられました)なのです。そして、母語の能力を超えて英語(他、中国語でもなんでも第二外国語として習得する言語です)を活用することはできないのだそうです。
一般には、なるべく早い時期からこどもたちが英語にふれる機会を増やし、いわゆる英語漬けにすることで、こどもたちの英語能力の向上を図ろうとしているように思います。ところが、いくら英語の能力が上昇しても、日本語(母語)が充実していなければ、考える事も、自分の考えを人に伝えるように作文することもできないのです。
「英語はできるけど考える能力はちいさい」これではせっかくの第二外国語の能力もどのように生かすというのでしょうか?
世間では「グローバル」とか「クラウド」とか、カタカナ言葉がもてはやされ、英語能力こそが人的能力であるかのような考えが流布されておりますが、そのまえに「考え」「表現する」ための豊かな日本語を身につけることができるよう、お子さんたちに心がけてあげてください。園では、毎年先生方に、「体験をともなった豊かな語彙の獲得」ということを重要教育項目のひとつとしてお願いしています。

平成23年度 3月おしらせ

小学校へゆくひとへ

 年長さくら組さんが小学校へすすむ季節になりました。生まれて幼稚園という学校にやってきたのもついこの間、つぎのステップに足をかけるときです。
小学校では本格的な勉強がはじまります。これから勉強を始めるひとたちにちょっとした面白い話をしましょう。
カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)学習・忘却研究所の責任者であるロバート・ビョーク先生のお話(おしらせ向けに園長が意訳しております)。
ひとつをマスターしてからつぎへゆくという学習(練習)方法よりも複数のことを取り替え(インターリーブ)ながら学習する方がトータルでは効果が高いのだそうです。そして、「向上」は気がつかないうちにする「向上」が効果が高い(これは園長も実感あります)。
短期間で繰り返し学習するよりも 長い期間をかけて数回学習するほうが学習効果が高い、なぜなら記憶は思い出すことな困難であるほど次回思い出しやすくなる。思い出すのに苦労しただけ学習効果はあがるのだそうです。
そして、「忘れること」は「学ぶこと」の敵ではない。実際には忘れる事は記憶の手助けをしているのだそうです。なぜなら、人間には無限の記憶容量があるので、それを全部思い出したら完全な混沌になってしまう。だから当面必要のない情報は「記憶の下のほうに」沈めてしまうのだそうです。全部覚えていると大変なことになる、これは以前ドキュメンタリーで見ました。世界には本当に何ごとも忘れられない状態の人がいます。本当に何を食べたか、テレビで何をしゃべっていたか、どこに出かけてどんな様子だったか、細目にわたって忘れられないんだそうです。そして、そうなると社会生活に完全に支障をきたすそうです、よく物忘れする私には想像もできませんが、本当の「混沌」になってしまうそうです。
最後に脳学者の池谷裕二さん(大人文庫に本ありますー)のお話。脳は寝ている間に記憶の整理を行うので、寝る前に覚えたいことを勉強しておくと効果が上がるのだそうです。それではみなさん、がんばってねぇ~、応援してるよー!