今月のえんちょうのことば

えんちょうが毎月あたまをひねって絞り出したことばです。
お坊さんモードでお話いたします。

こどもをそだてる

 みんな子育てに迷います。甘くすればひとり立ちさせるのに心配なこどもになり、厳しければ親子関係がこじれる。よかれと思って一生懸命やったのに、こどもにとっては負担だった。ああすればいい、こうすればいいという話はたくさんありますが、ひとつ決定版、これでいいというのがない。そんな子育てについて、今回はド仏教な内容で考えてみたいとおもいます。
 そもそも子育てと言いますと、おとながいろんなことを教え、導くのだという考えになりがちです。だから、こどもにたいして、おとながおとなであることをがんばる。そんな力はないのに、がんばって上から目線でこどもに接する。これは教えるという立場にたった人間が陥りがちな現象です。お坊さんだって、仏さまの教えの側にたちますから、どうしても助かったようなフリをしてがんばる。仏法を知っているふうにして偽る。けれど、ほんとうはそんなことない。ぜんぜん助かっていない、何にもしらない。だから教えられるほうからすると、ちょー迷惑です。いかがでしょうか、わたしたちおとなも、どうやって生きていったらわからないのに、それでもこどもを教え導かなければならない。そこがしんどいのではないでしょうか。
 これを仏法に照らしてみると、人間には親子であれひとをどうこうする甲斐性はないといいます。!人間、人生のうちでひとり、なんとかできたらそれでもう大成功だといいます。そのひとりとは、そうです、この自分のことです。それを難しい言葉で「往相廻向(おうそうえこう)」といいます。仏さんになる道にはいる(自分の問題を解決する道にはいる)ことです。!それじゃウチのこどもはどうなるのか。いや、だから「還相廻向(げんそうえこう)」というのもあります。仏さんの道に入ることで仏さんの世界とつながる。仏さんの世界につながることで、このどうしていいのかわからない、煮ても焼いても食えない人間世界で、明るく、広く、やわらかく、よろこんで生きていくことが実現する。「還相廻向」はひとのためです。でもべつにボランティアをはじめるのではありません。この人間世界では、誰もが損得に縛られて、あいつが悪い、こいつが悪いとはらをたてて、ステキだ、カッコ悪いと振りまわされて、みんな青い顔をして生きているのです。そんななかで、同じように苦労をしていても、明るく柔らかく生きているひとを見たら、それでものすごーい利益じゃないですか。生きる元気がでる、希望になる。そうやってはじめてひとのためになるということが起きてくる。
 はなしを最初にもどしましょう。こどもにちゃんと育ってほしいと思ったら、自分がちゃんとした人間になる生活をする。それ以上のことはありません。こどもは人生の初心者ですけど、親は子育ての初心者です。何人育てても、そのこどもを育てるのは初めてです。だから、「わかんないことはわかんないよ」でいいと思います。人生の初心者と子育ての初心者が並んで、一緒に生活して行ったらいいんです。

えんちょう先生